一生使えるコミュニケーションスキルを手に入れる
ごきげんよう、渡辺貴子です。
今日もブログをご覧いただき、ありがとうございます。
読んでくださっているその方をイメージしながら記事を書いています。
あの頃、わたしもたくさんのブログ記事や情報を読んでいたから。
ちょっとの時間を見つけては、読んでいたことがあった。
わずかな時間をむさぼるように助けになる記事を探してた。
読んで役立つこともあり、落ち込むこともあり、勇気をもらえることもあり、焦りが増すこともありました。たくさん救われました。
あなたの想い、気持ち、考え、価値観、生きてきた時間。
すべてをのせて、読んでいただいている。
かつて、私はブログで救われました。
このブログも、必要としている方に届くと嬉しいです。
コミュニケーション力は一生涯の宝
昨夜、長女(24歳)の悩みを聞いていました。
たくさん、話を聞かせてくれました。
涙がたくさん溢れていました。
教えてくれてありがとう。
相談してくれてありがとう。
そんな気持ちになりました。
日々を一所懸命に生きている彼女のいのちを感じました。
子どもたちが拒食症、不登校となるなかで学んだコミュニケーション。
私たち家族がそれらを乗り越えていくプロセスで鍵になったのが、このコミュニケーションでした。
そのとき学び実践したコミュニケーションは、拒食症や不登校の克服、反抗期や思春期との向き合い、自分自身の人生、家族、友人、仲間、仕事…、人生のあらゆる場面で役立っています。
人間関係は生涯続きます。
良いときもあれば困難なときもある。
ストレスがなくなることはないでしょう。
そのストレスから逃げたり、闘ったりするのではなく、そのストレスをどのように学びに変えていくのか。
子育てが私たちを大人にしてくれる
避けることのできないストレス。
それらを成長の種と捉えられることができるようになったらいいですよね。
自分はもちろん、子どもたちも。
ストレスと上手に付き合えたらいいですよね。
だってわたしたちは、子どもたちのストレスをなくしてあげることなんてできないのだから。
つらい時には寄り添ってくれる人がいて、心の澱をだすことができる。
ただそれだけで、私たちは問題を整理できたり、それらと向き合う力が湧いてきたりするものです。
そして、ときにはすぐに解決したい問題ばかりではなく、本当に、ただ、話を聞いて欲しいだけなときもあります。
「いまは、そういうとき」ってこともあります。
私たちにもありますよね。そういうときって。
いっぱいいっぱいいっぱい、話を聞いてもらったあとには
じゃあ、どうしたい?
本当は、どうしたい?
どんな工夫ができる?
なにが勉強できただろう。
って、本人が自分で考えることができるんだ。
それも、親が「あーだの、こーだの」言い聞かせたり諭したり、アドバイスするのではなく、彼らが自分の中にある答えに気づくのを応援する感じで。
ストレスから学び成長するのを見守る感じで。
子どもの拒食症や不登校、手に負えないと感じる反抗期。
子育ての過程で母親が本物のコミュニケーションを学ぶことができたら、これからの人生、ずっとずっと役立つこと間違いなしです。
ちょっと想像してみてください。
家族であっても、自分以外の他人です。
家族として生活していくには、コミュニケーション(関わり)が不可欠です。
もし一家のママが、家族が笑顔になるようなコミュニケーションができたら、どんな素敵なことが起こるでしょう。
そんなふうに、これから先も家族と関わることができたら、家族にとってどれだけ素敵な存在なるだろうって思いませんか?
ビジョンをもって子どもとともに試練から学び合おう
回復、克服、完治を目指すことはとっても大切。
そして、完治!完治!完治!完全復活!
私たち親がそれに過度に囚われると、大切なものを見失うことがあるかもしれません。
大切なのは、乗り越えたそのさき、10年後20年後、30年後50年後、自分と家族はどうなっているだろう。
その時、自分は子どもたちにとってどんな母親と覚えられるだろう。
どんな人だったと、大切な人たちから記憶されるだろう。
どんな笑顔でそれを伝えてもらっているだろうか。
そのために今のこの時間を、わたしたちは自分次第で最高の贈り物として受けとり、学ぶことができるんです。
最高の時間を過ごしているからこそ、チャレンジが求められているんです。
せっかく子どもたちがいのちを張って、身体を張って、教えてくれているんだもの。
私たちは、この出来事を最高の学びに変えることができるんだ。
今すぐ!の解決を求めるとつらくなります。
子育ての正解を今すぐに求めるとつらくなります。
コミュニケーション、人間関係は積み重ねていくものだから。
育てていくものだから。
子どもたちがストレスを学びに変えて、しなやかに笑顔で幸せに生きていくことを私たち親が願うのだとしたら、
私たちも、自分の未熟さを許し、愛をもって学びに変えていくことができるはず。
その姿、生き方を子どもに示すことが私たち親にはできるんです。
そのお手伝いをしています。