娘が拒食症になりました⑦正解がわからない中で… | 『公認心理師』渡辺貴子トレーナー

娘が拒食症になりました⑦正解がわからない中で…

医師は果たして正しいのか?

何が正しくて、何が間違いか?

答えって、あるのでしょうか?

正しい知識を何ひとつ持ち合わせていない私たちが突然

「あなたのお子様は拒食症です」

そう告げられて、いったいどうすればいいというのだろう。

医師の説明は正しいの?

正しいってどういうこと?

正しいって、治るってことじゃないの?

でも、医師は治らないって言ってるよ?

私たちは、何を信じればいいの?

 

そんな時、

私たちは、何を明かりにして進んでいったらいいの?

長女と医師の関係性

身体の病気でも、心の病気でも

患者と医師の信頼関係って大切よね…って思います。

患者と医師の関係性を超えて、人間関係において信頼関係は大切ですもんね。

まずは、ここからなんだと思います。

最初の病院では、これが難しかったんだ。

いま、そう思います。

娘の拒食症が急性期だったこともあるだろうが、それを差し引いても残念な関係だったように感じます。

「あの先生、嫌い…」

「あの先生、なんか、半笑いしてバカにされてる気がしていやだ…」

「先生だから、食べさせたいんだろうけど、体重のことしか言わないのって、この病気のこと分かってないよね!」

娘と医師の3人で話をしているときに、医師が笑いながら娘に伝えた言葉に私は耳を疑いました。

「君はね、意志が弱いから治らないんだよ。

君はアル中患者と同じだよ。

意志が弱くて、拒食症をやめれないんだよ。」

娘の顔色がサッと変わり、娘は医師に唾を吐きました。

そして、娘は医師にひと言

「死ねっ!」

医師は笑い、そして冷静に娘に言いました。

「僕は、君と同じくらいの子どもを持つお父さんだ。僕が死んだら子どもが悲しむ。僕にそんなことを言うなんて、謝ってくれ」

娘は半狂乱になって医師を罵り、泣き叫びました。

私は、しばらく娘を抱きしめることしかできませんでした。

娘が壊れてしまったように感じました。

医師にたいして、憤りを感じました。

そうなんだ…。

そんなやり方があるんだ…。

11歳の子どもを相手に、随分と乱暴なやり方じゃない?

そう、私は思いました。

それが正しいやり方だったのかは、わからない。

11歳の子どもにたいするアプローチとしてよかったのかはわからない。

ただ、娘の心は完全に閉ざされたのを、私はそのときに感じた。

その日のお会計を済ませて振り返ると、娘がいなかった。

病院中を探してもいない。

私は焦った。

胸騒ぎがした。

私は娘の名前を呼びつづけ、泣きながら娘を探した。

娘は、花壇の中に隠れて、泣いていた。

ママ、ごめんなさい。

ママ、ごめんなさい。

こんな子で、ママ、ごめんなさい。

悪い子で、ごめんなさい。

先生にも酷いことを言ってしまった。

ごめんなさい。

あなたは悪くない。

そういって泣きじゃくる娘を抱きしめました。

あの時、母親が口を挟むことが治療の妨げになるのか

娘が侮辱されたと怒ったほうがよかったのか。

結局あの時、私は口をつぐみました。

どうすることが正解だったのかは、私にはわかりませんでした。

ただ、

「子どもの心が、病院で、医師によってさらに傷つけられることがあっていいのだろうか」

この想いは、今でも深く残っています。

すべての医師がそうだとは思いません。

素晴らしい医師がたくさんいらっしゃることを、私は知っています。

けれどあの頃、何の知識もない私たちにとって

権威ある医師の言葉はナイフのようでした。

傷つき、すべての希望の灯りすら閉されたように思いました。

病院前後の母娘の時間

その頃の娘は学校へ通常通り通っていました。

病院へ行く日は、欠席、早退、遅刻のいずれかでした。

いずれを選択しても、その日は娘にとってお楽しみの時間があったのです。

大きな川の河川敷か近所のバラ園で、二人でランチをするのです。

コンビニで毎回同じベーグルを買って食べていました。

この時だけは、拒食症になる前のような可愛らしい様子で笑っていました。

いつもは外で。

雨の日は河川敷に車を停めて、車中で。

娘は家に帰ると気持ちが落ちた感じに戻ってしまうので、その頃の私にとって救いのように感じる唯一の時間でした。

そして彼女の機嫌が良いこの時間を狙い、私はあれこれと質問したりしながら彼女のことを知ろうとしました。

しっかり、コミュニケーションとらなくちゃ!

彼女の話を聞かなくちゃ!

私は、彼女の話を聞いているつもりになっていました。

しかし、後々振り返ると、ただ私が聞きたいことを質問攻めしていただけで、彼女が本当に聞いてほしいことなど、何ひとつとして耳を傾けていませんでした。

当時は、そんなこと気づきもしませんでした。

しっかり話を聞いているつもりになっていたのです。

けれど、実際は逆!

娘が私の話を聞いてくれてただけだった。

娘が私に合わせて返事をしてくれていただけだったのです。

そして、のちに彼女が教えてくれました。

ママとのおしゃべりの時間は楽しかったけど、それ以上に大事だったのはコンビニのベーグルを食べることだったと。

それがカロリー的に一番安心できる食べ物だったと。

「家で食べるのに、なんでわざわざコンビニで買うの?」と、私に言われるのが嫌だったから、だから外で食べることを提案していたと。

「ママと外で食べるの楽しい!」って私に合わせてくれていたのだと、教えてくれました。

それでも、娘が少しでも安心して、気持ちの良い外で食べれたことは、ある意味ではとてもよかったんだろうな…と思います。

トンビに食べかけのベーグルをさらわれて、大号泣したのも思い出です。

食べ物とられてこんなに泣くなんて、本当は拒食症じゃないんじゃない!?

この後に及んで私はそう思ったりもしました。

いえいえ、そうではありません。

安心して食べられる唯一のものを奪われて、号泣していたのです。